相続トラブルイメージ

相続で受け取ったのは少しの現金と多額の借金だった

私の母は貧しい家の出の人でした。
若いころ父親が病気で亡くなり、母親が女手一つで私の母を育ててくれたそうです。
私の母は三人兄弟だったのですが、貧しいながらも楽しい日々を送らせてくれた自分の母親に感謝していると日ごろから言っていました。
そんな母が嫁に来た家は裕福な公務員の家だったのです。
農家も兼業していて、公務員を引退した舅が姑と二人で畑を耕しているような家でした。
生活は何一つ苦労させられることなく、安定した収入ときちんとした暮らしに幸せを感じていたと言います。
しかし舅が亡くなったとき、思わぬ出来事が起こったのでした。
なくなって数日後、親族たちと相続の話になり、二世帯住宅だったので家を売ることはできないので現金だけを分けると言うことになったらしいのですが、そこで借金があることが発覚したのです。
死ぬ十年ほど前、舅はビニールハウス事業に手を出しました。
最初は貯金からやりくりしていたそうなのですが、ビニールハウスは維持費がかなりかかります。
その上始めて数年は体調を崩し、ほとんど農業に手を出せないものでした。
それからあれよあれよという間に体調を崩し、帰らぬ人になってしまったのです。
一度借りたお金の利子が膨らみ、そして借金を家族に隠すため家のお金に手をつけられない舅は再び借金を繰り返し、死んだときには家族も驚くほどの額になっていたのです。
姑は泣いて詫び、私の父親も自分の父親をなじるようなことを言っていたのを、小さかった私でも覚えています。
家族がバラバラになるような空気が漂った数週間でした。
その思い空気を断ち切ったのが苦労して幼少期を育ってきた母親でした。
母親は舅の残した借金をありがたい相続だと思って、私たちのこれからの人生の生きる糧にしようと言い出したのです。
始めは家族みんながその言葉を受け入れることなどできず、相手にしていなかったのですが、姑がしばらく黙り込んだ後、母親の事を出来た嫁だと涙を流して感謝の言葉を告げていたものです。
マイナスの事でもプラスに変えるその思考力は私も娘ながらに驚くことが多いですし、見習いたくても見習えない部分もあります。
苦労をして育った人だからこそ、こういう思考になるのかもしれませんが、借金を残してくれた舅に感謝する気持ちが出てくるのは、本当にすごい事だと思います。
生きる糧と思えることもすごいですし、舅に恨み事一つ言わない母親をその時ほど誇りに思ったことはありません。
私の母親は人に誇れるような特技もありませんが、考え方や生き方は人に胸を張って紹介できるような自慢の母親です。

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