相続トラブルイメージ

相続問題でもめていた兄弟

私の父はとても寡黙な人でした。
九州男児で自分もそのような家庭で育ったからなのでしょうか。
子供を褒めることもなければ一緒に遊んでくれた記憶もありません。
父を思い出す時は怒っているか、もくもくと無言でご飯を食べている姿です。
子供ながらに何を考えているのか分からず怖い人と思っていました。
そんな父は仕事に真面目で会社での信頼もあつかったのかそれなりの地位にいたようです。
家計も裕福なほうであったように思います。
母が生活費のやりくりで困っている姿も見たことがありませんし4人いる兄弟全員大学まで進学させてもりました。
自分も親となった今になって分かったことですがそれだけでも何千万というお金がとんでいるはずです。
家も田舎ですがそこそこ大きく広大な庭もあります。
そんな父ですが定年退職後に糸が切れたようにあっけなく亡くなってしました。
心筋梗塞でとても突然のことでした。
ですがそんな最期も仕事人間だった父らしく思います。
残った問題は相続に関することでした。
裕福だと思っていたのは間違いではなく残された遺産もあり広大な敷地の家もあります。
兄弟仲が悪かったということはないですが、お互い家庭を持っているのもありますし、もらえるものは少しでも多くもらいたいという欲が働いたのもあります。
何度も何度も話し合いましたがなかなか折り合いがつきませんでした。
その話し合いの場である日ふと思い出したことがありました。
父には書斎がありよくその部屋にこもっていました。
入ってはいけない見てはいけないと普段から言われており、父が居ない時は鍵がかけられていて入ることもできない秘密の部屋です。
まだ私が子供の頃のことですが、父がその書斎にいる時に部屋の前を通りかかったらドアが少し開いていた時がありました。
何をしているのだろうという好奇心が勝ち見つからないようにそっと覗いてみました。
部屋に居た父は金庫のようなものの中に入っている書類のようなものを真剣に見ていました。
そのことを思い出したのです。
きっとそれは土地の権利書だったり隠し財産に関す書類ではないかと思ったのです。
そのことを兄弟たちにも話し、すぐに書斎の大捜索がはじまりました。
金庫はすぐに見つかり鍵も見つかりました。
そして期待を胸に中身を見てみたのです。
書類はたくさんありました。
でもそれは土地やお金に関する書類ではなかったのです。
それは私たち兄弟が小さい頃、父の日や父の誕生日の時に送った手紙や絵、肩たたき券などでした。
父が何よりも大事にしていたのはお金ではなく私たち子供だったのです。
愛情表現がうまくできなかった父ですが自分たちを愛してくれて大切に思っていたのだいうことがその時初めて分かったのです。
相続の問題はその後すぐに折り合いがつきました。
きっと父が兄弟で争うのも見ていられなく、私に金庫の存在を思い出させてくれたのだと思います。

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